あれから一週間
Cooが虹の橋に旅立って、早いもので一週間が経ちました。
Cooの骨を連れて帰った後、仏教徒ではない私はお骨袋に違和感を感じて何か良いモノは無いかと色々探し、ようやく丁度良いサイズのモノを発見。
ウォーターヒヤシンスで編み込んだボックスということで、川に遊びに行くと水草を美味しそうに食べていたCooにピッタリです。
そして他に注文していたデジタルフォトフレームもこの週末に届き、これでCooの祭壇が完成しました。
スイッチを入れた途端、わんさが反応しました。
毎日ご飯やおやつを置いてもいるので、Cooを見上げるクセもついてるんですけどね。(汗)
11年間撮りためた写真は何千枚にも及び(ひょっとして万単位かな…)、その中から選りすぐりをUSBメモリに入れるべく小さい頃からの写真を改めて見ているうちに、もしかしてこれがCooからのメッセージかな…というものが伝わってきました。
とても穏やかな気持ちになれて、改めてこの11年間が幸せだと思いました。
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けいこさん
心からお悔やみ申し上げます。
他に…言葉が見つかりません。
東京の空の下で、手を合わせております。
fionaさん、ありがとうございます。
本当に悲しい経験に対しての言葉というものは
見つからないものですよね。
そんな人に対して、Cooはとても適切に対応出来るような犬でした。
お悔やみとはよく言ったもので、本当に悔やまれます。
わんさちゃんのCooちゃんの写真を見つめる姿が、奈々の時の五郎に重なって見えます。
切ないですね。涙が込み上げてきます。
Cooちゃんのたくさんの写真を見せていただいてありがとう。
あれは確かに仏教徒向きでしょうね。けいこさんはクリスチャンでしたか。
ウォーターヒヤシンスで編み込んだボックスはアイデアでしたね。
奈々ちゃんの時の五郎君も、とても切なかったですよね。
五郎君がそうだったように、わんさも少しずつしっかりしていってるように思えます。
私としては、いつまでもお子ちゃまのままでいいんですけどね。
こうして改めて11年分の写真を振り返ってみると
「ああ、そういえばそうだった…」と思えることも数多く、
短かったようでちゃんと時は刻まれていたんだと感じます。
でももっともっと撮りためていきたかったですけどね。
その場でスタッフの方が手書きで書いていたので、
何とも・・・な感じもして…(笑)
丁度良いサイズがありそうでなかなか見つからなかったんですが、
この為に用意されていたかのようにありましたよ。
ウォーターヒヤシンスはエコ的にも良いようですね。
きゃあああ。へそ天Cooちゃん、かわいいいいいい。
別犬のようなほっそりCooちゃんも居る~~~(笑)
どの写真も良い顔してる。とっても良い笑顔だ。
けいこしゃんと会えて良かった、幸せだよ!
ありがとうね。けいこしゃん、わんさ・・・
どの写真のCooちゃんも、そう言ってるよね?
子犬の頃は、触れられると条件反射のようにすぐヘソ天してたんですよ。
細かった頃は「ウナギ犬」とも呼んでました。(笑)
Cooはとても正直に表情に表れる犬でしたからねぇ。
皆さんに会えた時は嬉しいから満面の笑顔ばかりでしたけど、
私の前では結構ぶっちょ面もしてたんですよ。
そんな表情も含め大好きでした。
“今”を生きると言われている犬も、果たして過去を振り返って
幸せだったと感じてくれているのでしょうか…
私の方はとてもとても幸せでしたけど、Cooはどうなのかなぁ…
また笑顔で応えて欲しいです。
最近、Cooの夢を見たよ。
頭ではCooってわかっているのに
なぜか、ものすっごく大きな犬だった!
Coo、虹の橋の向こう側で太ってないか?
桂子さん、とっても素敵な祭壇ができたね!
そして、写真の中から伝わってきたCooからの伝言。
彼女が残してくれた言葉がきっと、いっぱい、あるんだろうな。
私は、彼女の横顔が、むっちゃ、好きなり。
おお〜 良いなぁ〜!良いなぁ〜!
私が“白く、細く、儚く…”なんていうもんだから
巨大化したのかもしれませんね。
いいの、いいの、もうどんなに太ろうが
最期食べられなかった分、好きなものを沢山食べて欲しいです。
皆さんから贈られたお花たちが素敵に彩ってくれてますよね。
Cooの写真は、紛れもなく私は幸せだったと思えるものがありました。
Cooも喜びの時が確かにあったという証でもありますが
最期の時、そして果たして今はどうなのか、夢を使ってでもいいから
また分かりやすく表現して欲しいですよ。